猫の横隔膜ヘルニア|呼吸が早い・息苦しい・動かない原因と治療・受診の目安

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猫の横隔膜ヘルニア|呼吸が早い・息苦しい・動かない原因と治療・受診の目安

猫が急に息苦しそうにしている、あるいは高い場所から落ちた後にぐったりして動かなくなった……。そんなときは一刻を争う注意が必要です。

呼吸の異常は、命に直結する危険なサインの可能性があります。その代表的な原因の一つが「横隔膜ヘルニア」です。

「ヘルニア」と聞くと腰の「椎間板(ついかんばん)ヘルニア」を連想される方が多いかもしれませんが、ヘルニアとは「体内の本来あるべき隙間や穴から、臓器や組織が飛び出てしまう状態」の総称です。

猫で発生しやすい「横隔膜ヘルニア」は、胸とお腹を隔てる膜が破れ、胃や腸などが胸の中に侵入して肺を圧迫してしまう大変危険な病気です。今回は、猫の横隔膜ヘルニアの症状、原因、治療法、そして予防策について、千葉県佐倉市の若山動物病院の院長(Dr.Nyan)が詳しく解説いたします。

目次

吹き出しによる状況整理

飼い主さん

先生!愛猫が急に息をハアハアさせて苦しそうにしています。じっとうずくまって動かないのですが、これって大丈夫でしょうか……?

Dr.Nyan

それはとても心配な状態ですね。もしかしたら「横隔膜ヘルニア」を起こしている可能性があります。特に、外に出る猫ちゃんや、室内で高いところから落ちた後にそのような様子が見られた場合は、一刻も早い受診が必要です

リスク先生

呼吸が苦しそうな状態を放置すると、低酸素状態に陥りショック症状を起こして命に関わることがあります!まずはどんな症状が出ているか、すぐに確認しましょう!

猫の横隔膜ヘルニアの症状

Dr.Nyan

症状を正しく理解するために、まずは「横隔膜」の役割を知っておきましょう。横隔膜は、心臓や肺が収まる「胸腔(きょうくう)」と、胃や腸、肝臓などが収まる「腹腔(ふくくう)」をきれいに隔てている筋肉の膜です。ここに穴が開いて、お腹の臓器が胸に入り込んでしまうのが横隔膜ヘルニアです

猫の横隔膜ヘルニアで腸や臓器が胸腔に入り込む様子を示した解剖図
横隔膜が破れると、胃や腸が胸の中へ入り込み肺を圧迫します。

胸とお腹の動きが変に見える(逆呼吸・奇異呼吸)

健康な猫は、息を吸うときに胸とお腹が同時に膨らみ、吐くときは同時に縮みます。

しかし、横隔膜ヘルニアの猫は、息を吸うときに胸は膨らむのにお腹がへこみ、息を吐くときに胸は縮むのにお腹が膨らむという、通常とは「逆」の不自然な動き(奇異呼吸)をすることがあります。

猫 横隔膜ヘルニア 呼吸の異常 お腹がへこむ 奇異呼吸
横隔膜ヘルニアの猫の呼吸(息を吸った際にお腹が引っ込む様子)
猫 横隔膜ヘルニア 逆呼吸 息を吐くときにお腹が膨らむ
横隔膜ヘルニアの猫の呼吸(息を吐いた際にお腹が膨らむ様子)

呼吸が苦しくなる(呼吸困難)

破れた横隔膜の隙間から胃や腸、肝臓などが胸腔に脱出すると、肺が物理的に圧迫されて十分に膨らむことができなくなります。その結果、呼吸が浅く速くなり(頻呼吸)、少しの運動でもすぐに息が切れて動くのを嫌がるようになります。首を前に伸ばして口を開けて息をする(開口呼吸)場合、非常に危険な状態です。

吐き気や下痢、食欲不振

胸の中に胃や腸が入り込むことで、消化管の通りが悪くなったり、圧迫されて動きが急激に低下します。これにより、呼吸器症状だけでなく、激しい吐き気や嘔吐、下痢、食欲不振といった消化器症状が引き起こされることも少なくありません。

ショック症状を起こす

交通事故や高所からの落下など、強い外傷によって発症した直後は、急激な肺の圧迫や出血などから「ショック症状」に陥ることがあります。

リスク先生

ショック状態とは、血液の循環がうまくいかなくなり、脳や全身の臓器が深刻な酸素不足に陥る、命に関わる超緊急事態です!血圧低下、脈が細く弱くなる、可視粘膜(歯茎など)が白っぽくなる、意識が朦朧(もうろう)とするなどのサインが見られたら、今すぐ動物病院へ連れていかなければなりません!

💡 Dr.Nyanのワンポイント:まれにある「先天性」横隔膜ヘルニア

実は、事故などが原因ではなく、生まれつき横隔膜に異常がある「先天性」のケースも存在します。

  • 食が細く、他の兄弟猫に比べて発育が遅い
  • 食後や少し遊んだ後に、すぐに呼吸が早くなって疲れやすい

幼猫期からこのような様子が見られる場合は、動物病院で一度レントゲン検査等を受けることをお勧めします。

受診の目安

以下の症状が1つでも見られる場合は、様子を見ずにすぐに当院(佐倉市の若山動物病院)またはお近くの動物病院を受診してください。

  • 息が明らかに苦しそう、ハアハアと口を開けて呼吸している
  • 呼吸の回数が異常に早い、または胸とお腹の動きがバラバラで不自然
  • じっとうずくまったまま全く動かない、ぐったりしている
  • ベランダからの落下や、外から帰ってきた直後に異変がある

横隔膜ヘルニアの原因

横隔膜ヘルニアは、原因と発生のメカニズムによって大きく次の3つのタイプに分類されます。

交通事故や高所からの落下による「外傷性横隔膜ヘルニア」

猫の横隔膜ヘルニアで最も圧倒的に多い原因が、この「外傷性」です。

車にぶつかる、あるいはマンションのベランダや高い木から落下するなど、体に急激で非常に大きな衝撃が加わった際、お腹(腹腔)に強い圧力がかかります。その結果、耐えきれなくなった横隔膜が破れてしまい、その裂け目からお腹の臓器が胸(胸腔)へと押し出されてしまいます。

猫 横隔膜ヘルニア レントゲン 臓器脱出 肺圧迫 外傷性
レントゲン画像:本来はお腹にあるべき腸などの臓器が胸腔内に入り込み、肺を圧迫している状態

生まれつきの構造異常である「横隔膜腹膜心膜ヘルニア」

先天的な発育不全により、生まれつき心臓を包む膜(心膜)とお腹の空間(腹腔)が、横隔膜の欠損部分を通じてつながってしまっている状態です。お腹の臓器が心臓のすぐ周り(心膜腔内)に入り込んでしまいます。

食道の通り道から胃がはみ出る「食道裂孔ヘルニア」

横隔膜には、お口からつながる食道がお腹の胃へと通るための「食道裂孔(しょくどうれっこう)」という正常な穴が開いています。この穴の周囲が生まれつき、あるいは何らかの原因で緩んでしまうことで、食道や胃の一部が胸腔側へと滑り出てしまう病態です。

猫 食道裂孔ヘルニア 胃の脱出 横隔膜の穴 構造異常
食道裂孔ヘルニアのイラストイメージ:緩んだ穴から胃の一部が胸腔に飛び出している

横隔膜ヘルニアの主な治療法と費用

Dr.Nyan

猫の横隔膜ヘルニアの根治には、基本的に「外科手術」を第一に検討します。ただし、猫ちゃんの全身状態や発症からの経過時間によって慎重にタイミングを見極める必要があります

外科的治療(手術)

若くて体力があり、横隔膜の破れた穴が大きい、あるいは急性で症状が強い場合は、外科手術が第一選択となります。

外傷性ヘルニアの直後でショック症状を起こしている場合は、まずは酸素吸入や点滴などを行い、猫ちゃんのバイタルサイン(呼吸や血圧)を安定させる内科管理を最優先します。状態が落ち着いた後に手術へと進みます。

手術は全身麻酔下で行い、必要に応じて人工呼吸器で呼吸を管理しながら、胸腔内に入り込んでしまった臓器を一つひとつ丁寧にお腹の正しい位置へと戻します。その後、破れた横隔膜をしっかりと縫合します。

リスク先生

発症から時間が経ちすぎていると、胸に入り込んだ臓器が肺や胸膜と強く「癒着(ゆちゃく)」してしまい、手術の難易度やリスクが跳ね上がります!また、長期間肺が圧迫されていると、臓器を戻した後に肺がうまく再膨張できず、機能が回復しない深刻なリスクもあります

内科的治療(経過観察)

健康診断などのレントゲン検査で偶然発見され、猫ちゃん自身に全く臨床症状が見られない場合や、高齢で麻酔リスクが極めて高い場合、あるいは発症から数ヶ月以上が経過して状態が完全に安定しているケースでは、外科手術を行わずに厳重な経過観察や、症状を和らげる内科的ケアを選択することもあります。

横隔膜ヘルニアの治療費の目安

軽度・経過観察の場合(検査・内服薬など):約5,000円〜9,000円程度

外科手術・入院を行う場合:ヘルニアの重症度や入院日数、猫ちゃんの状態により異なりますが、手術費用や麻酔、入院費を含めて数十万円単位の高額な費用がかかります。

さらに、外傷性の場合は骨折や内臓破裂などの併発症を伴っているケースが多く、それらの同時治療によりさらに治療期間や費用が増加することがあります。愛猫の命を守るためにも、そして経済的な負担を避けるためにも、何よりも「予防」が極めて重要です。

横隔膜ヘルニアの予防方法

猫の横隔膜ヘルニアの原因のほとんどは、交通事故をはじめとする外傷です。つまり、飼い主さんの適切な飼育環境づくりによって、発生リスクを大幅に下げることができます。

1. 完全屋内飼育の徹底

交通事故や野良猫とのケンカ、屋外での高所転落を防ぐことが最大の予防です。外に出る習慣がある猫ちゃんは、万が一事故に遭ってもすぐに発見できず、お家に帰ってきた頃には病態が悪化している恐れがあります。「外に出さないこと」、これが最も確実で愛猫を守る予防策です。

2. 室内環境の見直しと日頃の観察

完全室内飼育であっても、マンションのベランダからの脱走・転落や、室内での高い家具からの着地失敗による転落事故の危険は潜んでいます。窓やベランダには必ず脱走・転落防止用のフェンスを設置しましょう。

また、横隔膜ヘルニアは事故直後には症状が目立たず、数日〜数週間かけて臓器が徐々に胸へ移動し、後から症状が進行してくるケースもあります。日常的に以下の項目をチェックし、小さな変化を見逃さないようにしましょう。

  • 最近なんとなく息が苦しそう、ハアハアしている
  • 息が浅く、回数が早い(お昼寝時も呼吸が荒い)
  • 息をする時の胸とお腹の動きに違和感がある
  • 頻繁に吐く、下痢をする
  • 同年齢の猫に比べて成長が著しく悪い

少しでも当てはまる項目や気になる点があれば、お気軽に当院までご相談ください。

横隔膜ヘルニアを起こしやすい猫種・環境

  • メインクーン(先天性構造異常の報告が比較的みられます)
  • ヒマラヤン
  • 長毛種の猫
  • 日常的に屋外へ出入りしている猫(交通事故リスクが最も高いため)

よくある質問

横隔膜ヘルニアの手術後、これまで通りの生活に戻れますか?

早期に発見し、癒着や肺の深刻なダメージが起きる前に手術が成功すれば、多くの猫ちゃんが以前と変わらない元気な生活を送ることができるようになります。ただし、術後はしばらく安静が必要ですので、獣医師の指示に従って運動制限や定期検診を行ってください。

事故に遭った様子はないのに、急に発症することはありますか?

はい、あります。生まれつき横隔膜が弱い「先天性」の場合、成長に伴ってお腹の圧力が変化したタイミングや、室内でのちょっとしたジャンプの拍子に臓器が脱出して急に症状が表面化することがあります。外に出ていなくても、呼吸の異変を感じたら速やかに動物病院を受診してください。

まとめ

猫の横隔膜ヘルニアの多くは、外傷(主に交通事故や転落)によるものであり、「完全室内飼育の徹底」によって未然に防ぐことができる病気です。安全な室内環境を整え、愛猫を危険から守りましょう。

また、呼吸の異常は一刻を争う緊急事態です。胸とお腹の動きがおかしい、息が荒い、元気がないといった異変を少しでも感じたら、躊躇せずすぐに千葉県佐倉市の若山動物病院、またはお近くの獣医師の診察を受けてください。

早期発見と迅速な治療が、大切な愛猫の命を救う鍵となります。

筆者・若山正之(Dr.Nyan)のプロフィール

若山動物病院院長 獣医師 若山正之(Dr.Nyan)のプロフィール写真

本記事は、犬・猫の診療を行う獣医師・若山正之が監修・執筆しています。
1975年より小動物臨床に従事し、現在は若山動物病院院長として地域医療に携わっています。長年の臨床経験に基づき、一般診療から予防医療、シニア医療まで幅広く対応しています。

特に、病気の早期発見・早期対応を重視し、飼い主様にわかりやすい説明と納得いただける診療を心がけています。また、幹細胞療法や免疫療法などの先進医療にも取り組み、動物の生活の質(QOL)を重視した治療を提供しています。
これまでに一般飼い主様向けのセミナーや講演活動を多数行い、正しい医療知識の普及にも尽力しています。著書に『老犬生活 完全ガイド』『犬と猫の老齢介護エキスパートブック』などがあります。
本記事は最新の獣医療知見と臨床経験をもとに作成していますが、症状や状態によって対応は異なるため、気になる症状がある場合はお早めに動物病院へご相談ください。