猫の肥大型心筋症|急な呼吸困難・元気消失の原因と治療

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猫の肥大型心筋症|急な呼吸困難・元気消失の原因と治療

本記事は、Dr.Nyan症例集「猫の心臓病・循環器疾患編」の一部です。実際の診療症例をもとに、急な呼吸困難・元気消失の原因と対応についてわかりやすく解説しています。

「さっきまで普通だったのに、急に呼吸が荒くなった」
「苦しそうにしてひとところから動かない」
「後ろ足が急に動かなくなった」

こうした症状が突然起きたとき、肥大型心筋症(HCM)の可能性があります。

肥大型心筋症は「見た目は元気でも突然悪化する」のが特徴で、特に呼吸の変化は最初の重要なサインです。
無症状のまま進行し、ある日突然重篤化するのが特徴です。軽い変化でも見逃さないことが早期発見につながります。

目次

【症例】こんな猫が来院しました

飼い主

7歳のオス猫です。夜中に急に呼吸が荒くなって、口を開けてぐったりしています。さっきまで普通だったのに…。

Dr.Nyan

開口呼吸・努力呼吸があり、緊急性が高い状態です。すぐに酸素吸入を始めます。胸部レントゲンで肺水腫を確認しました。

酸素吸入と利尿剤による緊急治療を開始。数時間で呼吸がやや落ち着き、その後の超音波検査で肥大型心筋症と確定診断。再発リスクが高いため入院管理となりました。

このように、症状が出た時点で「すでに心不全が進行している」ケースが多く、初回の発症がそのまま緊急事態となることも珍しくありません。

肥大型心筋症とは?

肥大型心筋症は、心臓の左心室の壁(心筋)が異常に厚くなる病気です。厚くなった心筋は正常に動けず、血液を全身に送り出す力が低下します。その結果、血液が心臓や肺にうっ滞し、肺水腫(肺に水がたまる状態)や血栓症といった重篤な合併症を引き起こします。

肥大型心筋症は猫の心臓病の中で最も多く、7歳以上の猫では一定数に認められるとの報告もあります。

Dr.Nyan

症状がなくても心筋症が進行していることがあります。「沈黙の病気」とも呼ばれるため、定期的な心臓検査が重要です。

肥大型心筋症の症状・ステージ分類

Stage A|無症状・要注意

まだ心筋症を発症していないが、遺伝的リスクや素因がある段階。症状はなく、身体検査でも異常を認めにくい。心雑音が聞こえる場合も。

この段階で発見できるかどうかが、その後の寿命や生活の質に大きく影響します。

飼い主

元気でも検査したほうがいいんですか?

Dr.Nyan

はい。初期は無症状で進行します。無症状でも約15%の猫が罹患しているとの報告もあり、定期検査で早期発見することが大切です。

Stage B|心筋症あり・心不全なし

心筋症は確認されるが、うっ血性心不全や血栓塞栓症は未発症の段階。「呼吸が少し速い」「なんとなく元気がない」といった軽微な症状が見られることも。
ただし多くの場合は気づかれずに進行し、次に症状が出るときには重症化しているケースが多いのが特徴です。
B2に進むと投薬を開始します。

Stage C|肺水腫・心不全を起こす

心臓が疲弊し、肺に血液・水分が逆流して「肺水腫」を起こした状態。急に呼吸が荒くなる・口を開けて息をする・動かないなどの症状が現れます。この段階で来院するケースが非常に多く、緊急治療が必要です。

この段階では自宅で様子を見る余裕はなく、処置の遅れが命に直結する可能性があります。

飼い主

こんな急に悪くなるんですか?

Dr.Nyan

はい。心筋症は“ある日突然”重症化することが多い病気です。

項目心不全の目安
呼吸数(安静時)40回/分以上で注意・80回/分以上は緊急
心拍数200回/分以上
体温37.5℃未満
猫の肥大型心筋症で注意したい呼吸数・心拍数・体温の目安

普段から寝ているときの呼吸数を把握しておくと、異常にいち早く気づくことができます。

リスク先生

呼吸が苦しそうな場合は緊急性が高く、すぐに受診してください。来院時にはすでに重症になっているケースも多く見られます。

Stage D|末期・大動脈血栓塞栓症

投薬でも症状が安定しない末期状態。また血栓が後ろ足の動脈に詰まる大動脈血栓塞栓症が突然発症することがあります。

  • 急にもがき苦しむ
  • 後ろ足に麻痺・歩けなくなる
  • 後ろ足が冷たい・爪を切っても出血しない
  • 股動脈の拍動が触れない

血栓症は突然発症し、強い痛みを伴うため「鳴き叫ぶ」「触られるのを嫌がる」といった行動が見られることもあります。

リスク先生

後ろ足が急に動かなくなった場合は大動脈血栓塞栓症の可能性があります。激しい痛みを伴い、直ちに受診が必要な状態です。

肥大型心筋症の原因

タウリン欠乏

タウリンは猫の体内で合成できない必須栄養素で、心筋の収縮力維持に関わります。猫用フードには必ず含まれていますが、手作り食の場合は不足するリスクがあります。

遺伝的要因

一部の猫種では遺伝子変異が認められます。ただし遺伝子変異のない猫でも発症するため、どの猫にもリスクがあります。

甲状腺機能亢進症

甲状腺ホルモンの過剰分泌が心筋肥大を引き起こすことがあります。高齢猫に多く、甲状腺治療で心筋症が改善するケースもあります。

Dr.Nyan

甲状腺機能亢進症と心筋症は合併しやすいため、心臓病と診断された場合は甲状腺の検査も同時に行います。

ただし原因が特定できないケースも多く、「どの猫でも起こりうる病気」と考えておくことが重要です。

診断方法

検査確認できること
身体検査・聴診心雑音の確認(ただし半数は無音)
血液検査・NT-proBNP心臓マーカー・他臓器の状態確認
胸部レントゲン心臓の大きさ・肺水腫・胸水の確認
超音波検査(心エコー)心筋の厚さ・心機能・血栓の有無
血圧測定高血圧による心肥大の除外
心電図不整脈の確認
猫の肥大型心筋症で行う主な検査と確認できる内容

特に心エコー検査は確定診断に不可欠で、心筋の厚さや動きを直接評価できる唯一の検査です。

Dr.Nyan

聴診で異常がなくても心筋症の可能性は否定できません。超音波検査やNT-proBNP検査を組み合わせることで精度が上がります。

治療法

残念ながら心筋症を根本的に治す治療法はありません。目標は「進行を遅らせ、できるだけ長く安定した状態を維持すること」です。

適切な治療を継続することで、数年以上安定した生活を送れる猫も多くいます。

Stage別の治療方針

ステージ治療内容
Stage A治療不要・半年ごとに検査
Stage B1経過観察・半年ごとに心エコー
Stage B2投薬開始(降圧剤・抗血栓療法)・心臓病用食事療法
Stage C 急性期入院・酸素吸入・利尿剤・強心剤・胸水があれば抜去
Stage C 慢性期利尿剤継続・定期検査・定期的に腎臓の評価
Stage D症状に応じた集中治療・QOL重視
猫の肥大型心筋症のステージ別治療方針

Dr.Nyan

治療後、症状が落ち着いても投薬は継続します。自己判断で薬をやめると急激に悪化することがあります。

予防方法

完全な予防は難しいものの、定期検査によって重症化を防ぐことは可能です。

  • 定期的な心臓検査(心エコー・NT-proBNP)を受ける
  • 猫用総合栄養食を与える(タウリン不足を防ぐ)
  • 手作り食の場合はタウリンの含有量に注意
  • 肥満・高血圧の管理
  • 甲状腺機能亢進症の早期治療

発症しやすい猫種

以下の猫種は特に注意が必要です。ただしどの猫種でも発症します

  • メインクーン
  • ラグドール
  • ノルウェージャン・フォレスト・キャット
  • アメリカンショートヘア
  • ブリティッシュショートヘア
  • スコティッシュフォールド

Dr.Nyan

症状がなくても検査を受けてほしいです。特にこれらの猫種では4〜5歳から定期的な心エコー検査をお勧めしています。

こんな症状があれば早めに受診を

症状受診の目安
安静時の呼吸数が40回/分以上⚠️ 早めに受診
呼吸が速い・元気がない・食欲低下⚠️ 早めに受診
口を開けて息をしている(開口呼吸)⚠️ 直ちに受診
唇・舌が紫色になっている(チアノーゼ)⚠️ 直ちに受診
後ろ足が急に動かなくなった⚠️ 直ちに受診
もがき苦しんでいる⚠️ 直ちに受診
猫の肥大型心筋症で緊急受診が必要な症状の目安

猫は症状を隠す動物のため、見た目以上に重症であることが少なくありません。

リスク先生

「様子を見ようかな」と迷ったら、すぐに受診してください。この病気は迷っている間に急速に悪化することがあります。

よくある質問

ここからは、実際によくあるご質問をまとめています。

無症状でも心筋症の可能性はありますか?

あります。猫の約15%が無症状で罹患しているとの報告があります。定期的な超音波検査・NT-proBNP検査が早期発見につながります。

呼吸数はどのくらいで異常ですか?

安静時に40回/分以上で注意、60回以上で異常、80回以上は緊急性が高い状態です。普段から睡眠時の呼吸数を測る習慣をつけておくと変化に気づきやすくなります。

治療で治りますか?

完治は難しい病気ですが、早期発見と適切な治療で進行を抑え、安定した状態を長期間維持できるケースも多くあります。

後ろ足が急に動かなくなったらどうすればいいですか?

大動脈血栓塞栓症の可能性があります。激しい痛みを伴う緊急状態です。すぐに動物病院に連絡して受診してください。

心臓病になると腎臓にも影響しますか?

はい。心機能が低下すると血圧上昇・腎血流低下が起こり、腎臓の機能も悪化することがあります。定期的に腎臓の検査も合わせて行うことが重要です。

どんな猫がなりやすいですか?

メインクーン・ラグドールなどの猫種で多く見られますが、どの猫種でも発症します。7歳以上のシニア猫は特に注意が必要です。

在宅で呼吸数を測るにはどうすればいいですか?

猫が安静にしているとき(眠っているとき)に、胸の上下運動を1分間数えます。40回以上が続く場合は受診の目安です。スマートフォンで動画を撮りながら数えると正確に測れます。

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まとめ

最後にもう一度、重要なポイントを整理します。

「急に呼吸が荒くなった」
「元気がない・動かない」
「後ろ足が突然動かなくなった」

これらは肥大型心筋症による緊急サインです。

この病気は無症状のまま進行し、ある日突然重症化します。迷ったらすぐに受診することが命を守ります。定期的な心臓検査で早期発見を心がけてください。

Dr.Nyan


「呼吸が少し変かも」と感じたら、様子を見ずにご相談ください。猫の心筋症は突然悪化することがあります。

筆者・若山正之(Dr.Nyan)のプロフィール

獣医師 若山正之 プロフィール写真 小動物臨床 犬猫診療

本記事は、犬・猫の診療を行う獣医師・若山正之が監修・執筆しています。
1975年より小動物臨床に従事し、現在は若山動物病院院長として地域医療に携わっています。長年の臨床経験に基づき、一般診療から予防医療、シニア医療まで幅広く対応しています。特に、病気の早期発見・早期対応を重視し、飼い主様にわかりやすい説明と納得いただける診療を心がけています。また、幹細胞療法や免疫療法などの先進医療にも取り組み、動物の生活の質(QOL)を重視した治療を提供しています。
これまでに一般飼い主様向けのセミナーや講演活動を多数行い、正しい医療知識の普及にも尽力しています。著書に『老犬生活 完全ガイド』『犬と猫の老齢介護エキスパートブック』などがあります。
本記事は最新の獣医療知見と臨床経験をもとに作成していますが、症状や状態によって対応は異なるため、気になる症状がある場合はお早めに動物病院へご相談ください。