犬の乳腺腫瘍(乳がん)|乳首のしこりの原因と治療

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犬の乳腺腫瘍(乳がん)|乳首のしこりの原因と治療

本記事は、Dr.Nyan症例集「犬の腫瘍・がん疾患編」の一部です。実際の診療症例をもとに、犬の乳腺腫瘍(乳がん)の原因と対応についてわかりやすく解説しています。

「お腹の乳首のまわりにしこりがある」「急に大きくなった」「出血している」——そんな症状はありませんか?

こうした症状が見られたとき、犬の乳腺腫瘍を疑う必要があります。犬の腫瘍の中でも最も多い疾患のひとつで、未避妊の雌犬に特に多く発生します。早期発見・早期手術が予後を大きく左右します。

目次

【症例】こんな犬が来院しました

飼い主

8歳の未避妊のメスのシーズーです。1か月前からお腹の乳首のそばにしこりがあります。触っても痛がりません。

Dr.Nyan

第3・第4乳腺に硬いしこりが2か所あります。細胞診で腫瘍細胞が確認されました。乳腺腫瘍として手術での摘出をお勧めします。

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乳腺腫瘍で来院した犬の実際の症例。乳首周囲のしこりが確認されます。「触っても痛がらない」「急に大きくなった」が受診のきっかけになりました。

乳腺部分切除術を実施。病理組織検査で乳腺癌(悪性)と確定診断。術後は経過良好で、定期的な再発チェックを続けています。

犬の乳腺腫瘍とは?

乳腺腫瘍は、乳腺(おっぱい)の組織に腫瘍が発生する病気です。犬では非常に多い腫瘍で、雌犬の腫瘍の約50%を占めるともいわれています。

避妊手術の時期乳腺腫瘍の発症リスク
初回発情前(生後6か月以前)約0.5%(ほぼ予防可能)
1回目の発情後約8%
2回目の発情後約26%
2回目以降の発情後・未避妊著しく高い
避妊時期と乳腺腫瘍リスクの関係

Dr.Nyan

乳腺腫瘍の約50%は悪性です。「良性か悪性か」は病理組織検査でしか判断できません。しこりに気づいたら早めに受診してください。

症状

早期の症状

  • 乳首周辺のしこり(初期は小さく硬い・動く)
  • 触っても痛がらないことが多い
  • 複数のしこりが同時に見られることもある

進行した場合の症状

放置・進行するにつれて、腫瘍は次のように変化していきます。これらは病態の進行サインです。具体的にいつ受診すべきかは、後述の「受診のタイミング」をご確認ください。

  • しこりが急速に大きくなる
  • しこりが皮膚に固定される・動かなくなる
  • しこりが破れ・潰瘍化して出血・滲出液が出る(自潰:じかい)——皮膚が壊死して破れた状態で、感染・出血リスクが急激に高まります
  • 乳腺周囲が赤く腫れる(炎症性乳癌)
  • 元気・食欲が低下する
  • 咳・呼吸困難(肺転移の場合)
犬 乳腺腫瘍 乳がん しこり 大きさ 症例
乳腺腫瘍のしこりの実際の様子。早期では小さく硬いしこりですが、進行すると急速に大きくなり、皮膚に固定されるようになります。

リスク先生

しこりが破れて出血・潰瘍化している場合は進行した状態です。急いで受診してください。

【注意】炎症性乳がんについて
通常の乳腺腫瘍は「しこり」として現れますが、最も悪性度が高い「炎症性乳がん」はしこりを作らず、乳房全体が赤く腫れて熱を持ち、触ると痛がるのが特徴です。「しこりがないから大丈夫」と思わず、このような症状が見られた場合は一刻も早く受診してください。手術が適応外となるケースも多く、予後が非常に厳しい病態です。

乳腺の位置と好発部位

犬には左右5対(計10個)の乳腺があります。第4・第5乳腺(お腹の下のほう・内股に近い部分)に最も多く腫瘍が発生します。ただしどの乳腺にも発生するため、全ての乳腺を定期的に触診で確認することが大切です。

乳腺腫瘍の原因(なぜ起こる?)

ホルモンの影響(最大の要因)

エストロゲン・プロゲステロンなどの女性ホルモンが乳腺腫瘍の発生に深く関わっています。発情・偽妊娠・ホルモン剤投与が繰り返されるほど乳腺細胞が刺激を受け、腫瘍化するリスクが高まります。具体的な発症リスクの数値と避妊手術の推奨時期は、後述の「予防方法」セクションで詳しく解説します。

加齢

7歳以上の中高齢犬に多く見られます。加齢とともに発症リスクが高まります。

肥満

若い時期の肥満が乳腺腫瘍のリスクを高めるという報告があります。

Dr.Nyan

雄犬でも乳腺腫瘍は発生しますが、雌犬の約1%以下と非常に稀です。

診断方法

飼い主

しこりがあるだけで、本当に癌かどうかはわかるんですか?

Dr.Nyan

触診だけでは判断できません。細胞診や病理検査を組み合わせて、良性・悪性を評価していきます。

検査確認できること
触診しこりの数・大きさ・硬さ・可動性・皮膚との癒着
細胞診(穿刺吸引)腫瘍細胞の有無(スクリーニング)
病理組織検査良性・悪性の確定診断(手術後に実施)
胸部レントゲン肺転移の確認(術前に必須)
超音波検査腹腔内リンパ節・臓器転移の確認
血液検査全身状態・麻酔前評価
乳腺腫瘍の診断方法と確認項目

Dr.Nyan

「良性か悪性か」は細胞診だけでは確定できません。切除した組織を病理検査に出すことで初めて確定診断できます。

治療法

外科手術(第一選択)

乳腺腫瘍の根本的な治療は外科手術による摘出です。しこりが小さく・転移がない早期であるほど手術の効果が高く、予後も良好です。

手術の範囲は腫瘍の状態・大きさ・数によって異なります。

  • 乳腺部分切除術:腫瘍とその周囲の乳腺を切除(早期・小さい腫瘍)
  • 乳腺鎖状切除術:片側の乳腺を一列まとめて切除(複数・再発予防)
  • 乳腺全摘術:両側すべての乳腺を切除(多発・悪性が強く疑われる場合)

「できるだけ小さく取りたい」「再発を極力防ぎたい」といったご希望も含め、術前にしっかり相談しながら最善の術式を選んでいきます。

犬の乳腺腫瘍が肺転移した症例画像
乳腺腫瘍が肺に転移した様子。

Dr.Nyan

手術と同時に避妊手術を行うことで、残った乳腺への再発リスクを下げることができます。

一般的に、腫瘍サイズが3cmを超えると悪性率や転移率が高くなる傾向があり、早期摘出が予後改善に重要とされています。

術後の再発・転移モニタリング

手術が成功しても、定期的なフォローアップが欠かせません。術後3〜6か月ごとの肺レントゲン検査で転移の早期発見を行い、残った乳腺の触診も継続してください。特に悪性と診断された場合は、この定期検診が再発・転移の早期対応につながります。

抗がん剤治療

悪性度が高い場合・転移がある場合は、手術後に抗がん剤治療を行うことがあります。ドキソルビシン・シクロホスファミドなどが使用されますが、犬の乳腺癌における化学療法の効果は限定的とする報告もあります。

手術ができない場合の緩和ケア・QOL管理

高齢や全身状態の悪化により手術を選択できない場合でも、できることがあります。鎮痛薬による痛みのコントロール、自潰した患部の定期的な洗浄・保護、栄養管理などを組み合わせることで、「治す」ことだけがゴールではなく、「痛みを抑えて余生を穏やかに過ごす」という選択肢があります。担当獣医師と相談しながら、愛犬にとって最善のケアを一緒に考えていきましょう。

予後(余命の目安)

腫瘍の状態生存期間の目安
良性腫瘍手術で完治が期待できる
悪性・小さく転移なし中央値2年以上
悪性・大きい・転移あり中央値6〜12か月
炎症性乳癌中央値数週間〜数か月(最も予後不良)
乳腺腫瘍の予後(生存期間の目安)

予防方法

避妊手術の時期によって発症リスクは大きく異なります。初回発情前(生後6か月以内)に避妊手術を行うとリスクは約0.5%に低下しますが、第1回発情後では8%、第2回発情後では26%まで上昇します。未避妊の雌犬では加齢とともにリスクが著しく高まるため、早期の避妊手術が最も有効な予防策です。

  • 初回発情前(生後6か月以内)の避妊手術(最も効果的)
  • 月1回の乳腺触診(乳首周囲をすべて触れて確認)
  • 5歳以上は年1〜2回の定期健診
  • 適正体重の維持(肥満を避ける)

リスク先生

「しこりがあるけど小さいから様子を見よう」は危険です。乳腺腫瘍は急速に大きくなることがあります。気づいたらすぐに受診してください。

セルフチェックの具体的なやり方

愛犬を仰向けにした状態で、脇の下から股の付け根にかけて、指の腹で「つまむ」のではなく「滑らせる」ように確認します。左右ある乳腺をすべてチェックしてください。乳首の真下だけでなく、乳首と乳首の間の「連絡路」部分にもしこりができることがあります。

普段から触れておくことで、「いつもと違う」感覚に気づきやすくなります。

こんな症状があれば早めに受診を

症状の変化については前項で解説しました。このセクションでは、「その症状を見たら何をすべきか」というアクションに絞ってまとめています。迷ったときの判断基準としてご活用ください。

この状態を見たら取るべきアクション
乳首周辺にしこりを発見した⚠️ 1週間以内に受診
しこりが数週間で急に大きくなった🔴 できるだけ早く受診(2〜3日以内)
しこりが皮膚に固定されて動かない🔴 できるだけ早く受診
乳房が赤く腫れて熱を持つ・痛がる🚨 当日受診(炎症性乳がんの疑い)
しこりが破れて出血・滲出液が出ている(自潰)🚨 当日受診・患部を清潔に保つ
咳・呼吸困難・食欲低下が続く🚨 当日受診(転移の可能性)
乳腺腫瘍の受診目安(飼い主が取るべきアクション)

よくある質問

乳腺が張っているだけで、しこりではないこともありますか?

発情の1〜2か月後に乳腺が張ったり、母乳のような分泌物が出たりする「偽妊娠(想像妊娠)」でも、しこりのように感じることがあります。偽妊娠であれば自然に落ち着くことがほとんどですが、見た目だけで乳腺腫瘍と区別することは難しく、自己判断は禁物です。気になる膨らみや張りに気づいたら、まずは病院でご確認ください。

しこりが小さければ良性ですか?

必ずしもそうではありません。小さくても悪性のケースがあり、細胞診・病理組織検査でしか確定できません。大きさではなく、「しこりがある」という事実そのものが受診の理由になります。

避妊手術をしていれば安心ですか?

初回発情前の避妊手術でリスクは大幅に低下しますが、ゼロではありません。定期的な乳腺の触診は続けてください。

手術せずに様子を見ることはできますか?

悪性の場合、放置すると急速に大きくなり転移のリスクが高まります。手術可能な状態のうちに対処することが予後を良くする最大のポイントです。

治療費の目安はどのくらいですか?

動物病院によって異なりますが、一般的な目安として、細胞診・画像検査などの術前検査で1〜3万円程度、手術費用(部分切除〜片側全摘)で5〜15万円程度、入院・術後管理で数万円が目安です。悪性度・手術範囲・病院規模によって大きく変わるため、事前に見積もりを相談することをお勧めします。

高齢犬でも手術はできますか?

全身状態・血液検査の結果に基づいて麻酔リスクを評価します。高齢でも全身状態が良好であれば手術可能なケースが多くあります。

犬の乳腺腫瘍は触ると動きますか?

初期は皮膚の下で動く小さなしこりとして触れることがあります。しかし進行すると周囲組織に癒着し、動かなくなることがあります。固定されているしこりは悪性の可能性もあるため、早めの受診が重要です。

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まとめ

「乳首のそばにしこりがある」——気づいたらすぐに受診してください。乳腺腫瘍の約50%は悪性です。小さいうちに手術することが最善の治療です。

最大の予防は初回発情前の避妊手術月1回の乳腺触診です。未避妊の雌犬は特に意識的にケアをしてください。

様子見ではなく、早めの受診が大切です。

乳腺腫瘍は、早期発見・早期手術によって完治を目指せる病気です。月1回のセルフチェックと定期的な受診が、愛犬の命を守る最大の備えになります。「何か変かも」と感じたら、どうか一人で抱え込まずにご相談ください。

Dr.Nyan

「なんか変かも」と感じたら、様子を見ずにお気軽にご来院ください。
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筆者・若山正之(Dr.Nyan)のプロフィール

獣医師 若山正之 プロフィール写真 小動物臨床 犬猫診療

本記事は、佐倉市で犬・猫の診療を行う獣医師・若山正之が監修・執筆しています。
1975年より小動物臨床に従事し、現在は若山動物病院院長として地域医療に携わっています。長年の臨床経験に基づき、一般診療から予防医療、シニア医療まで幅広く対応しています。特に、病気の早期発見・早期対応を重視し、飼い主様にわかりやすい説明と納得いただける診療を心がけています。また、幹細胞療法や免疫療法などの先進医療にも取り組み、動物の生活の質(QOL)を重視した治療を提供しています。
これまでに一般飼い主様向けのセミナーや講演活動を多数行い、正しい医療知識の普及にも尽力しています。著書に『老犬生活 完全ガイド』『犬と猫の老齢介護エキスパートブック』などがあります。
本記事は最新の獣医療知見と臨床経験をもとに作成していますが、症状や状態によって対応は異なるため、気になる症状がある場合はお早めに動物病院へご相談ください。