Dr.Nyanのすこやかコラム
飼い主様に伝えたい犬猫の病気や日常ケアについての役立つコラムをお届け♪
犬の膀胱憩室|高齢犬の繰り返す血尿や血の塊の原因と治療・受診の目安
愛犬が高齢になってくると、思いがけない体調の変化に驚かされることがあります。
例えば、おしっこの中に「レバーのような血の塊(血餅:けっぺい)」を見つけたら、とても不安になりますよね。
尿に血餅が出るということは、血液が膀胱内で固まるほどのはっきりとした出血が起きているサインです。
この血餅自体が尿道に詰まって排尿困難を引き起こすリスクもあるため、決して放置してはいけません。

飼い主
血の塊って、ただの血尿より危険なんですか?
Dr.Nyan
はい。血液が膀胱の中で固まるほど出血しているサインです。さらに、その塊が尿道に詰まると、おしっこが全く出せなくなる危険もあります。
高齢犬の血尿といえば、膀胱炎や尿路結石、腫瘍などが一般的です。
中には、「何度もお薬で治療しているのに一向に治らない」「数ヶ月おきにぶり返す」という膀胱炎があります。
この場合に疑うべき原因のひとつが『膀胱憩室(ぼうこうけいしつ)』です。
今回は、あまり聞き馴染みがないかもしれないこの病気について、症状や原因、当院での実際の症例を交えながら詳しく解説していきます。

飼い主
うちの子が何度も膀胱炎を繰り返すんです。お薬を飲むと一時的に良くなるのですが、しばらくするとまた血尿や血の塊が出てきてしまって……
それは心配ですね。一般的な膀胱炎であれば抗生物質でスッキリ治ることが多いのです。
何度も再発する場合は、膀胱の形そのものに『尿が溜まりやすいポケット』ができている可能性があります。
それが『膀胱憩室』です
膀胱憩室(ぼうこうけいしつ)とはどんな病気?
膀胱憩室とは、膀胱の壁の一部が風船のように外側へポコっと袋状に飛び出してしまった構造(盲袋・行き止まりのポケット)を指します。
このポケットができると、中に入り込んだ尿をきれいに排泄することができず、常に古い尿が溜まった状態になってしまいます。
言わば「細菌の温床」や「結石を育てるゆりかご」になってしまうのです。

飼い主
つまり、おしっこが“溜まりっぱなし”になる場所ができてしまうんですね?
Dr.Nyan
その通りです。普通の膀胱炎なら尿と一緒に細菌が流れますが、憩室の中では細菌が居座りやすくなるのです。
膀胱憩室には、生まれつきある「先天性」のものと、年齢を重ねてから生じる「後天性」のものがあります。
先天性膀胱憩室(尿膜管憩室)
犬では先天性(尿膜管遺残)タイプが多いとされています。
お母さんのお腹の中にいる胎児のとき、膀胱とへその緒をつないでいた「尿膜管(にょうまくかん)」という管があります。
通常は生まれるまでに自然と閉じて紐状の組織になるのですが、これがうまく閉じきらず、膀胱の先端(頂部)に袋状に残ってしまったものを「尿膜管憩室」と呼びます。
若い頃は免疫力で抑え込まれていて症状が出ず、シニア期に入って抵抗力が落ちてから初めて慢性膀胱炎として表面化するケースが非常に多いのが特徴です。
後天性膀胱憩室
犬では比較的まれですが、長期間にわたって尿道が結石などで詰まりかかったり(尿道閉塞・狭窄)、排尿時に強くいきみ続けたり、交通事故などの強い外傷が引き金となり、膀胱の筋肉の隙間から粘膜が外へ飛び出してしまうことで生じます。
リスク先生
憩室のポケットに潜んだ細菌は、どれだけ強力な抗生物質を飲んでも、尿と一緒に洗い流されないため完全に除菌することが難しくなります!
お薬をやめるとすぐに増殖を始め、これが「繰り返す頑固な膀胱炎」の根本原因になります。
膀胱憩室が引き起こす主な症状
憩室自体が極めて小さい場合は無症状で、健康診断のエコー検査で偶然見つかることもあります。しかし、多くの場合は以下の慢性的な泌尿器症状を引き起こします。
頻尿(ひんにょう)
何度もトイレに行きたがる
ポタポタとしか出ない。
血尿・血餅(けっぺい)
おしっこがピンク~赤色、あるいは茶色になる。
血液が固まったレバーのような塊が出る。
排尿痛・排尿困難
おしっこをするときに痛そうに鳴く。
背中を丸めて長くいきんでいる。
尿失禁(お漏らし)
寝床や歩いている最中に無意識におしっこが漏れてしまう。
注意したい二次的リスク
憩室内に長期間尿が停滞することで、内部に「尿石(結石)」が形成されやすくなります。
また、長年にわたる慢性的な炎症刺激によって、ごくまれに憩室の壁が腫瘍化(悪性化)するリスクも指摘されているため、放置は禁物です。
動物病院での診断方法
「一般的な膀胱炎の治療をしても再発を繰り返す」というシニア犬の場合、当院では以下の画像診断を組み合わせて精密検査を行います。
超音波検査(エコー検査)
体に負担をかけずに膀胱の状態を観察できます。
ただし、膀胱が尿でパンパンに膨らんでいるときは憩室が壁に埋もれて見えにくく、排尿して少ししぼんだタイミングでしか確認できないケースもあるため、慎重な観察が必要です。
造影レントゲン検査(膀胱造影検査)
膀胱憩室の確定診断に最も有用な検査です。
尿道からカテーテルを入れ、液体造影剤と空気を入れて膀胱を膨らませてレントゲンを撮影します(二重造影法)。
これにより、通常のレントゲンには写らない膀胱の輪郭がくっきりと浮かび上がり、外側に飛び出た「憩室(ポケット)」を確実に捉えることができます。
カテーテル挿入や膀胱拡張を安全に行うため、通常は短時間の鎮静または全身麻酔下で実施します。

飼い主
普通のエコーだけでは見つからないこともあるんですか?
Dr.Nyan
はい。特に小さな憩室は、膀胱の張り具合によって隠れてしまうことがあります。
そのため造影検査が決め手になるケースが少なくありません。
CT検査・膀胱鏡検査
より複雑な位置にある場合や、周囲の臓器との位置関係を把握するためにCT検査を行ったり、内視鏡(膀胱鏡)で膀胱の内部から憩室の開口部を直接観察することもあります。
根本治療は「外科手術(憩室切除術)」
膀胱憩室は「構造上の異常(お腹の中の物理的なポケット)」であるため、お薬(内科治療)だけで完治させることはできません。
根本的に治すためには、手術によって憩室を取り除く「憩室切除術」が第一選択となります。
手術の方法と流れ
開腹・膀胱の切開
お腹を開け、膀胱にアプローチします。
憩室の多くは膀胱の頂部(お腹側の一番手前)にあるため、比較的安全にアプローチ可能です。
憩室の摘出
膀胱本体はきれいに残しつつ、不要なポケット(憩室)の部分だけを正確に切り取ります。
大きな結石を併発している場合は、このとき同時に摘出します。
微細な縫合
尿が漏れないよう、膀胱の壁を二重に細かく丁寧に縫合します。
術後管理・病理検査
手術後は数日間尿道カテーテルを留置して膀胱を安静に保ちます。
また、摘出した組織は念のため病理検査へ提出し、悪性腫瘍などの変化がないか確認します。
(多くは慢性炎症による肉芽組織です)
術後は約3~4週間、憩室に潜んでいた頑固な細菌を完全に根絶するために抗生物質をしっかり服用します。

飼い主
12歳の高齢犬なので全身麻酔や手術がとても不安だったのですが、先生にお任せして本当に良かったです。
手術の後、あれだけ苦しんでいた血尿もピタッと止まり、今では毎日気持ちよさそうにおしっこをしています!
Dr.Nyan
ももちゃん、本当によく頑張ってくれましたね!当院ではシニア犬でも事前に徹底した術前検査(血液、レントゲン、心臓エコーなど)を行い、最適な麻酔プランを組んでいます。
「高齢だから」と諦めずに手術に踏み切ったことで、これからのシニアライフの質が劇的に上がったのは本当に嬉しいことです。
日常生活での注意点とケア
膀胱憩室の手術を受けた後、または麻酔リスク等の理由で内科的維持管理(対症療法)を行う場合、以下の日常ケアが極めて重要です。
十分な水分摂取
水をたくさん飲ませて尿量を増やし、膀胱内を常に洗い流す(フラッシング効果)環境を作くる。
ドライフードをウェットフードに変えたり、スープをトッピングする工夫が効果的です。(参考:犬の「いいオシッコ」とは?)
おしっこを我慢させない
尿が膀胱に留まる時間を短くするため、お散歩の回数を増やす、室内トイレの環境を整えるなど、こまめに排尿できる工夫をしましょう。
陰部の衛生管理(尿やけ対策)
尿失禁やお漏らしがある子は、皮膚が尿でかぶれて「尿やけ(皮膚炎)」を起こしやすくなります。
マナーウェア(おむつ)はこまめに交換し、常に清潔・乾燥を保ってください。
ただれてしまった場合は、当院で適切な皮膚保護軟膏を処方します。
投薬の徹底
症状が消えたからといって、飼い主様の判断でお薬(抗生物質)を途中でやめてしまうと、生き残った細菌が耐性菌となり、さらに治りにくくなります。
必ず指示された期間、最後まで飲ませきってください。
よくある質問
若い頃は何ともなかったのに、10歳を過ぎて急に膀胱憩室になることはありますか?
原因のほとんどは「生まれつき(先天性)」のものです。
若い頃は、膀胱の防衛機能や免疫力が高いため症状が出にくいものです。
しかし高齢になって筋肉が緩んだり、免疫力が低下したタイミングで初めて慢性的な膀胱炎が発症し、検査で発見されるケースが大多数を占めます。
年をとってから新しく袋ができたわけではないことがほとんどです。
血尿が一度止まっても安心して大丈夫ですか?
膀胱憩室では、一時的に炎症が落ち着いて血尿が止まることがあります。
しかし、憩室の中に細菌や古い尿が残っていると再発を繰り返しやすく、突然大量の血尿や血餅が出ることもあります。
症状が改善しても、一度は精密検査を受けることが重要です。
高齢でどうしても手術ができない場合、内科治療だけで一生過ごせますか?
重度の心臓病や腎臓病などで麻酔が絶対にかけられない場合は、内科的な対症療法を行います。
ただし、お薬(抗生剤)を飲んでいる間は菌が減っても、やめると憩室内に残った菌がすぐに増殖するため、長期間あるいは断続的に薬を飲み続ける必要があります。
また、耐性菌のリスクや結石の発生リスクと常に隣り合わせになるため、体調が許すのであれば外科手術で根本原因を取り除くことを強く推奨します。
手術の費用や入院期間はどれくらいですか?
ワンちゃんの体格(サイズ)や、結石摘出の有無、術後の経過によって異なります。
一般的には、手術後カテーテルを留置して膀胱の傷が安定するまで、3日~5日程度の入院管理となることが多いです。
費用や術前検査の詳細については、その子の現在の全身状態に合わせて個別にお見積もりをお出ししますので、まずは一度ご相談ください。
まとめ
高齢犬のおしっこに血の塊が混じったり、何度も膀胱炎を繰り返したりするのは、ワンちゃんにとっても非常に辛いストレスです。
膀胱憩室は決して頻発する一般的な病気ではありません。
また「薬で一度は治るのに、すぐにぶり返す頑固な血尿」に悩まされている場合、詳しく調べることで原因を特定できる可能性が高く、手術によって根治が期待できる病気です。
「もう年だから」「体質だから治らない」と諦める前に、大切な愛犬が快適でおしっこの痛みのない毎日を取り戻せるよう、ぜひご相談ください
筆者・若山正之(Dr.Nyan)のプロフィール

本記事は、犬・猫の診療を行う獣医師・若山正之が監修・執筆しています。
1975年より小動物臨床に従事し、現在は若山動物病院院長として地域医療に携わっています。長年の臨床経験に基づき、一般診療から予防医療、シニア医療まで幅広く対応しています。
特に、病気の早期発見・早期対応を重視し、飼い主様にわかりやすい説明と納得いただける診療を心がけています。
また、幹細胞療法や免疫療法などの先進医療にも取り組み、動物の生活の質(QOL)を重視した治療を提供しています。
これまでに一般飼い主様向けのセミナーや講演活動を多数行い、正しい医療知識の普及にも尽力しています。著書に『老犬生活 完全ガイド』『犬と猫の老齢介護エキスパートブック』などがあります。
本記事は最新の獣医療知見と臨床経験をもとに作成していますが、症状や状態によって対応は異なるため、気になる症状がある場合はお早めに動物病院へご相談ください。